--/--/--    スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
03/26/2009    花粉症(p_-)
なんだか花粉症がぶり返し?たような・・・
目がとっても痒くて、くしゃみもしてしまいます。

一度なったら治らない?と言われている花粉症だと思うけれど、
ここ10年はほとんど症状がでていないのです。

初めて花粉症らしきものが始まったのは、
2○年前・・・(^_^;)
その頃は花粉症はこんなにもポピュラーではなく、
電車やバスの中では怪訝な顔をされ、ハンカチを差し出されたこともあります。
(いや、泣いてないって! 悲しいわけじゃないって!)

ストレスが引き金になって、始まるとも言われています。
生きていく以上誰だってなんらかのストレスを抱えていますって。
10年近く悩まされた私の花粉症は、仕事環境をガラリと変えてから、
年々、影を潜めていったのでした。いや、ほんとに!

それなのに今期は花粉症らしき症状が(T_T)
おまけにペットの犬まで花粉症!?
目の周りがやけに赤く、目やにが出てるな~と思っていたら、
花粉症かも?と目薬を処方されました。
一日3~4回点眼してくださいって・・・先生、無理です。
1回するのにもバトルです。
必死に逃げ回るのをおやつで釣って、無理くりします。
やるほうの人もやられる犬もどちらもかわいそう。
でしたが、パブロフの犬のごとく、
最近は少し抵抗が弱くなってきました。
このまま嫌われるかも~と思いましたが、大丈夫でした。
それまで積み重ねてきた愛は消えることはないのですね。
目薬を持っていない時は相変わらずべったりです。

何にも考えていないような幸せそうな顔して寝てるけど、
人間に従って生きているので、人知れずストレスを抱えているのかもしれません。
もっとお散歩に出ていたいとか、
もっとそばにいてほしいとか、
もっとおやつがほしいとか・・・

犬年齢と人間年齢、今ちょうど同じくらいの私とペット。
これからはどんどん抜かされていってしまうのですが、
できるだけ健やかに長く生きてほしいと思います。。。

スポンサーサイト
03/21/2009    経験値
この前まで、以前ある人に言われた「いる場所を間違えないように」という言葉が、
ず~とこころに残っていました。

なんでも見通せる(かもしれない)人に、
「○○は違うよ~」と言ってもらえると、すご~く楽で、
一見、簡単に解決できそうに思えるんだけれど、自分のためには全くならず、
また同じような問題が起こり、また同じように迷うのですよね。
人に解決してもらうんでは、自分の経験にならず=成長にならずなのです。

その言葉に戸惑いながら、半信半疑な思いを抱きながら、
はたと気づいたことは、「違う場所にも意味がある」ということでした。

人生を楽しむために生まれてきたのだから「楽」な方ばかりへと進むのもありだけれど、
あまのじゃくな私はその奥を今一歩確かめたいと思うのでした。

間違えないようにするのは「いる場所」ではなく、「つながるところ」。
間違ってしまったら直せばいいだけです。

失敗も間違えも、すべてプロセス。
あらかじめ(自分で)決めてきたシナリオに、
どういう演出をして経験値を上げていくか・・・とも言えるのかもしれません。
筋肉が、一度壊れないと強くならないシステムと似ているかもしれません。

失敗の数を数えるなら、成功の数も数えましょ♪
そして、いずれは成功の数だけを数えられますように♪
03/10/2009    光の写真
素敵な「光の写真展」に、縁あって伺ってきました。遠かったけど(^_^;)

何気なく(?)空の写真を撮ると、肉眼では見えなかった光が写りこんでしまうそうです。
それは、光の筋だったり、輪っかだったり、
時々、雲が龍や鳳凰っぽく見えるように手伝っていたり…
ほんとに不思議です。

しかもカメラは携帯電話のカメラでというから、ほんとにびっくりです。

「ポストカードにしてください」と言ったら、
他のみなさんもそうおっしゃるそうで、そのうちにポストカードになることでしょう。
行動の早い方なので、写真集なんかにまで発展していくかもしれません。

このような写真を撮れる人は意外といるかもしれません。
以前、波動関係の本を何冊か出している森眞由美氏の著書の中にも、光の写真が載っています。
しかも、虹色のものもあって、とってもきれい。

木や花のオーラなんかを写せる人もいます。
木精(こだま)を写せる人もいます。
宮崎駿監督の『もののけ姫』にでてくるあのかわいいやつです。
屋久島に行くと意外に簡単に写せるとかなんとか(?)
素敵な才能(?)です。
密かに憧れているので、
そのうち空の光の写真が撮れるようになるといいな~と思っています。


02/27/2009    雪の日の贈り物
ちょっと(?)スランプ気味でした。
パソコンは壊れてしまうし(>_<)
タロットの仕事はなかなか自己PRができず・・・
目指すものと世の中のギャップに目を背けるしかなく・・・
私のやりたいことはただの理想論なのかな~、やっぱり、と思う日々でした。

自分の中の闇をこれ以上増やしたくなくて、
避けれる闇の波動にはなるべく近づかず関わらず(^_^;)
光の波動ばかりを取り入れたいと思っていました。

自分の探求したこと、感じること、思ってること、
知ってること、見えることを伝えないのはあなたのエゴよ、
と言われて始めたタロットの仕事。
人の事ならわかるのに、自分のこととなると・・・てんで迷ってしまいます。

そういうときにはただ答えが来るのを待っているしかないんだけれど、
待ちきれないときは行動パターンを変えてみるに限ります。
自然の中に出かけてみるとか、
瞑想しに行くとか、
ひたすら寝る?とか、
・・・・・・
もちろん毒気のないものに限るけど。

切羽詰まって待ちきれない時は、
確かな人に思いを話してみる、とか。


すると、
「切り替える」とやってきました。

解説求む、です(゜゜)

闇の波動のそばにいるとだんだん染まっていくと思っていました。
だけど、どうやらそうではないみたい。
染まるかどうかは本人次第のようです。
そう言われれば、そうです。当たり前でした(^_^;)

光の波動ばかりで、至福感いっぱいの世界に住めてしまう人もいるけれど、
私はそのジャンルではないので、日々日々、試行錯誤です。

自分の本質は知っているのに、なかなか本質に近づけない・・・
そのために今の環境が用意されている、はず。
そうだった、肝心なことが揺らいでいたのかも。

私のことを導くものは、すべて私のためにと道を用意しているのでした。
そこの信頼が揺らいでいては、もともこうもありませんでした。

冷たい雨がみぞれに変わり、シャリシャリと屋根に音を立てる中、
そのこたえはやってきたのでした。
10/22/2008    木遣り唄
20081022010211


先週末、実家の方ではお祭りでした。
はりきって神輿を担ぐわけでもないし(^.^;)、お祭りが大好き♪なわけでもないのだけれど、
なんとな~く木遣り唄を聴きに帰ってしまいます。
下町生まれなので、意識しなくても小さい頃から沁みついている、
なんとな~くうきうきしてしまうものなのでせう。

木遣り唄は、昔は日本国中どこでも唄われました。
木を移す(遣る)、気を入れる(やる)といった意味からきています。
重量物の移動や、その他多数の力を一致結集させるときの掛け声、気勢から発達した作業唄で、
その中に民謡を取り入れ、また音頭唄となって大衆の間に発展しました。
(更に発展創作したものに「よいとまけの唄」?)
漁木遣り、鳶木遣り、神輿木遣り・・・結婚式や記念などのめでたい時の唄からお葬式で歌われる歌まで
とてもたくさんあるそうです。

たぶん、私の実家の方のお祭りで唄われているものは、
花の大江戸の火消したち(とび職)が作業唄として歌いつづけてきた江戸木遣り唄だと思います。
たぶん、たぶんね。なんて唄っているのかよく分からないのですが~(^^;;)
意味は、「さあ、皆で元気にがんばりましょう」というところだそうです。

江戸木遣りは東京都指定無形文化財にもなっていて、
絶やさないようにと保存会が木遣り教室を開催しているところもあります。
木遣り師と合いの手が交互に唄い合うのだけれど、息を長~く使うので丹田が鍛えられそう(笑)
そう言えば、「金魚~や、金魚~ぇ♪」の金魚売りや
バナナの叩き売りなどの言い回しを保存&伝承しているグループもあるのです。
「あさり~しんじみえぃ~♪」もです(⌒▽⌒)

なんとな~く木遣り唄に誘われてしまうのは、祖父の影響もあるかもしれません。
私が3歳のときに亡くなっているので、ほとんど覚えていないのですが、大工だったと聞いています。
木遣り唄を唄っていたのでしょうか・・・
今は自分で建設に携わったお寺に眠っています(。-_-。)/。・。・
木遣り唄を聞きに帰ることは、祖父がとても喜ぶような気がするのです。
むか~し昔、三社の神輿を担いでいたこともある父も、すっかり年を取りました。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。